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なんとなくな日常と気のむくままの創作雑記

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ファースト・プライオリティ

 先月末、ニコニコでVAMPS LIVE 2013の生中継があって、もちろん観るつもりでいたのだけれど、なんと、当日になったらぽーんと忘れてしまった。終わった頃に気づいて「あ」となりました。

 別にいいんだけど。あのときはまだプレミアム会員だったので、タイムシフトという機能を使えばあとからでも視聴できたし、ダメージはそれほど大きくなかった。ただ、あっさり忘れた自分に驚いた。

 生中継はずいぶんと盛況だったようで、リアルタイムの視聴者数は8万人近かったとか。ドームが埋まるわね。ZEPP NAMBAのキャパがスタンディングを含めて2,500くらいというから、会場で生ライブを観ていたお客さんの、実に30倍以上の人がネットで中継を観ていた計算になる。すごいなー。

 まあ、そんな話はどうでもいいんですが(いいのか!笑)、ちょっとばかり熱が冷めていたその頃、久しぶりに「何か書きたいな」なんて思いまして。いや、思っただけで実際は書いてないんだけど(汗)、小説ファイルを雑多に放りこんだ専用フォルダに、これまた久しぶりにアクセスしてみて、未完作のあまりの多さに愕然とした。

 やっぱり、この未完作らをどうにかするのが、ファースト・プライオリティだと思うのね。なぜなら、もたもたしているうちに時代が移り変わってしまうから。時代に左右されないものを書いていたつもりだったけど、改めて読みかえしてみると、案外そうでもない。

 例えば、若者が手にしている携帯電話ひとつとっても、「彼は携帯を手に」と書くより、「彼はスマホを手に」とした方が、今はリアルだったりする。本筋に絡んでこないそうした何気ない表現ですら、というより、実は背景情報であるこれらの表現にこそ、時世を反映したリアリティが求められるのかも。

 まあね。音楽を聴こうという場面で、「カセットプレイヤーに~」なんて文章が普通に出てきたら、「え、なんで今どきカセットプレイヤー?」って思っちゃうものね。それと同じで、キャラ設定によっては、「今どきガラ携?」となりかねない。時代がズレればその分、なぜ敢えてその時代なのか、という理由づけが必要になってくる。

 こんなふうに、現代ものの新作には、書きはじめたその瞬間からカウントダウンされる賞味期限がある。一生懸命書いても、公開した時点で時期を逸していたら望む効果は半減するし、ものすごく時代遅れなファッションをするより、数年前のファッションをする方が恥ずかしいのと一緒で、わずかな遅れは逆に痛々しい。

 短期間で集中して書きあげるのが理想的なのでしょうね。となると、私にはどうあがいても無理ってことになっちゃう。書こうと思ってから実行するまでが長いし、書きはじめてからも年単位で放置するし、なのに諦めは悪いっていう(汗)。おまけに忍耐力も足りていない。物語が進みはじめればどうってことないのだけれど、ああでもないこうでもないと背景描写をこねくりまわしているうちに、だんだん面倒くさくなってしまう。

 ときどき、散文形式でわーっと書き散らかしたいな、なんて思う。文体とか表現とか描写とか一切気にせず、ストーリーだけが淡々と流れてゆくような。まあ、そんなふうに書いても、きっとちっともおもしろくないんだろうけど。何よりも自分自身が。まず満足できない。こんなとき、言葉で説明する代わりに、映像で見せられたら楽なのに、とかまた思っちゃう。いや、撮る方が手間だから(笑)。

 そういや、いっとき、脚本の勉強をしたことがありました。学生時代、仲間うちでやった舞台の脚本を書いたこともあった。字幕や吹替えの翻訳もそうだったけど、台詞で苦労したことはあまりない。台詞だけで物語を進められたら、その方が楽だよね。状況はト書きで簡単に説明してさ。実際、現実世界は会話で成り立っているわけだし。小説書くより向いてるかも、なんて。

 ここ数年は、小難しいことをごちゃごちゃ考えず、また、変に気どらず、とにかくシンプルに書く、という目標を掲げている。一応ね。これも目標というだけで、実践できていないのだけれど。そりゃあ、たかだかブログでこのありさまだもの、そうでしょうとも。どうも余計な情報が多いんだよね、私の書くものには。あれもこれもと、ついつい詰めこみすぎちゃう。

 そういう点で、人さまの歌の詞に学ぶことも多いです。いわゆるポエムはどうも苦手で、めったに読まないのだけれど、歌詞はしょっちゅう検索してるかも。曲が流れていないときでも。たまに、短い一文でそこにある物語をすべて説明してしまうような、情景や感情のイメージがどこまでも広がるような、神フレーズに出会うことがある。

 最近だと、必然的にHYDEの詞になっちゃうけど、『EVANESCENT』はすごいなーと思っている。終わった恋が忘れられない、というごくごくありふれたラブソングですが、冒頭の「ここまで来たから 心配しないで」は、間違いなく名フレーズでしょう。そこから読みとれるバックグラウンド、シチュエーション、ストーリー、イメージなど、その情報量を思うと鳥肌が立つ。「君が笑うから 永遠を口にせず抱きしめた」という部分も、名フレーズを通りこして名シーンだなーと。

 だらだら解説するのではなく、伝えたいイメージを喚起させる、もっとも適切な一語を選ぶセンスが欲しいな。あ、でも、これはもしかすると、「あまり考えず、シンプルに書く」という目標とは相容れないものかも。だらだら書くよりはるかに頭を使うし、たぶん時間もかかる。わ、エンドレスループにはまりそう(汗)。

 けっきょくのところ、怠惰なのです。楽して創作したいっていう。ただ思うのは、書きたい気持ちや浮かぶイメージの量や頻度に、書く能力がまったく追いついていなかったとしたら(事実そうなんですが)、それってものすごく不幸なことなんじゃないかと。きっと、この頭の中にあるものの大半をアウトプットできないまま、私の人生は終わってしまうんだろうな。

 ああ、何かまったく別の、新しいものが書きたいな。と、近ごろはよく思うのだけれど、いやいや、まずは書きかけのものをどうにかしようよ、と諭す内なる声に逆らえない。ものには順序というものがありまして、これがまた意外に無視できない。ときどき、実は私は強迫性障害なんじゃ……と思うことがある。まあ、だったら未完作もあそこまで溜まらないか(苦笑)。

 そのほか、旧作の改稿作業も、もはやライフワークとなっている。読みかえせば読みかえしただけ、何度でも修正したくなるから、こちらも永遠に終わらない。それって純文学の書き方だね、と前に言われたことがある。そうなの? 純文学なんて書いたこともないし、そもそも読まないのに、私はどこでこんな厄介な書き方を学んだんでしょうね。

 年内に一本くらい(少なッ!)、何か仕上げられるといいな。

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