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なんとなくな日常と気のむくままの創作雑記

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Oh brother!

 兄が外出許可をとって一時帰宅してきた。「外泊」じゃなくて「外出」ね。病院から家まで、わずか15分ほどだけれど、タクシーに耐えられるかなとか、実家の玄関の階段はあがれるかなとか、部屋の様子は覚えてるかなとか、外泊に向けて基本事項の確認というか、そんな感じ。滞在はほんの3時間ほどで、半分はソファーで横になって眠っていた。ちょっと動いただけでも相当疲れるみたいだった。

 帰宅早々、兄はバキャラにすり寄られていた。人見知りのバキャラが逃げないなんて、あらまあ、どうしたことでしょ。ちゃんと覚えてるのかな。誰よ、猫は3日で忘れるとか言ったのは。その後、兄は2階で寝ているパックに会いにいくと言って、いきなり階段をのぼりはじめた。わが家の階段は急で手すりもない。危ないから!と、家族みんなでついて歩くはめに。意外にしっかりした足取りだった。

 パソコンでも立ち上げてみますか、という話になった。千葉の自宅マンションで仕事に使っていたノートPC2台を持ってきていたので、実家に置きっぱなしになっていたデスクトップと計3台、パスワードがわからなくて私たちにはいじれないという事態が発生していた。PCも半年いじらないと腐るよね。もちろん比喩ですが。

 不思議。PCの立ち上げ方は普通にわかるのね。ネットに繋ぐために暗号キーを入力するときも、ちょっとたどたどしかったけど、言われたとおり、ちゃんとアルファベットのキーを叩いていたし、バックスペースの場所も用途もわかっているみたいだった。習慣のなせる業、なのだろうか。ちょっと前までは自分の名前もわからなかったのに。

 自室でパソコンをいじっているようだったので、しばらく放っておいたら、「なんかおかしいよ」と声がする。「何が?」と訊くと、友人のブログが頻繁に更新されているのに、見た覚えがないという。曰く、こんなに見ていないわけがないと。「別におかしくないよ。半年以上も入院してたんだから、見てなくて当たり前だって」と答えたら、「半年? 嘘だろ!」と、いやにはっきりした反応が返ってきて、私の方が逆に驚いた。

 何度も何度も説明してきた。入院したときのこと、覚えてる? 手術したこと、わかる? あれからどれくらいたったか、わかる? 今日が何月何日か知ってる? 説明するたびに、兄は驚いていた。でも、すぐにまた忘れてしまう。父のこともそう。「お父さんは10年前に死んじゃったでしょ」と言っても、「そんなの全然知らないよ」と憤り、そしてまた忘れる。毎度毎度驚くのも疲れるだろうに。

 が、今日の反応は、言っていることはいつもと一緒でも、なんとなく違っているような気がした。というか、家に戻ってきたときから、病院で見るよりも、ずいぶんはっきりしているなと感じてはいた。家がどこにあるのかもわからない、自室がどんなだったかも思いだせない、と言っていたときと違って、やはり実際に来て、目で見て触れると、刺激される記憶というものがあるのだろうか。

 紙に書いて説明した。昨年12月にくも膜下出血を起こし救急車で運ばれたこと、手術をしたこと、意識不明の状態が一週間以上も続いたこと、ようやく快方へ向かい、リハビリに励んでいた矢先に再発したこと、また昏睡状態に陥ったこと、何度も手術したこと、ここまで来るのに半年以上かかったこと。

 これまでとは、また少し違った反応が見られた気がした。憶えていない半年という期間の長さに打ちのめされたのか、「ああ、もうダメだ」と兄は言った。主にライターの仕事のことを考えたのかも知れない。積みあげてきたものが、知らない間に消えてなくなってしまった。そして、たぶんもう、取り戻せない。私がいちばん同情しているのもそこだ。兄に残ったいちばん顕著な後遺症は、失語症だった。

 ダメじゃないよ、と家族で声をそろえた。何度も昏睡状態になって、がりがりに痩せちゃって、喋れなくて、ごはんも食べられなくて、もうだめかと思ったのは私たちの方だ。それがここまで回復したのはすごいことだよ、と話した。自制が必要だった。本当は腹が立っていた。周りにさんざん心配をかけて、迷惑をかけて、「もうダメだ」の一言で諦めんな、ふざけんな、と思っていた。

 それから、彼が結婚するつもりだった人のことも話した。半年間、毎日欠かさず病院に来てくれていた。夜中に緊急手術をしたときも付き添ってくれていた。「私の気持ちは今でも変わりません。退院したら一緒に住みたいと思っている」と言ってくれている。が、彼女の父親は渋い顔をしている。当然だ。反面、兄がどこまで頑張れるか、生活を立て直すために、きちんと努力できるか、それによる、という条件も出してくれている。

 兄は少し涙ぐんでいた。これもはじめての反応だった。病院の談話室で話していると、わかってるんだかわかってないんだか、いつもおどおどして、早々に病室に戻りたがった。会話のペースが速すぎてついていけなかったのかも知れない。あるいは、何を言われているか、まったくわかっていなかったのかも。いずれにせよ、苦手な話題は本能的に察するみたいで、いつも逃げ腰だった。今日は少し届いたのかな、と思った。わからないけど。けっきょくまた忘れちゃうかも知れないし。

 忘れちゃうといえば、兄は私や妹との間に根深い確執があったことを、どうやらまるで憶えていないらしい。都合の悪いことは、みんな忘れちゃったみたい。それもむかつくよね。自分だけ勝手にリセットして。兄にとって私は、一緒に映画を観にいったり、夜じゅう本や映画の話をしたりした、仲のいい妹のままなんだって。何十年前の話をしてるんだ、まったく。

 そうはいっても、切っても切れない血の繋がりがある以上、できる範囲でのサポートはしていかなくては、とは思っている。ただ、私も自分の身体のことでいっぱいいっぱいなので、恒久的なサポートなんて到底無理だし、責任も取れない。なんとか自立だけはしてもらわないと。先はまだ長そうだ。

 ちなみに、タイトルの「Oh brother!」は「Oh my God!」と同じ間投詞的用法。なので、「あら、兄さん!」でも「まあ、兄さん!」でもありません。「Oh my God!」を「おお、神よ!」だと思っている人は、昨今ではさすがにいないと思うけど、シチュエーションによっていろいろな訳ができる面白い言葉ですね。私は「なんてこったい!」という訳がけっこう好きかも。まあ、ふつう言わないけどね、日本語の日常会話で「なんてこったい!」なんて。そんな台詞を言っちゃうのはうちの兄くらいだ(笑)。でも、「Oh brother!」は兄とは関係ないのだ。「ちくしょう」とか「くそっ」なんて訳があります。今回は「やれやれ」って意味で使いたい感じですかね。

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