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なんとなくな日常と気のむくままの創作雑記

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読書目録

 いやあ、違えば違うものだなーと感心したあることについて。

 私の読書目録はエクセルなんですが、パソコン初心者の頃に見よう見まねで、とりあえず表にしただけで、これがまたものすごくダザいんですよ。デザインもへったくれもあったもんじゃない。というか、データ集計すらできない始末で、エクセルで作った意味がまるでないっていう。

 マイクロソフトの認定資格を持っている妹も、さまざまなデータをエクセルで管理しているようで、実は何気にデータマニアなんじゃないかと思っているんですが(笑)、先日、そんな彼女の読書目録をチラ見したところ、文字と数字ばかりの単なる表であることに変わりはないのだけれど、あら、不思議、なんだか素敵じゃない? と軽くジェラシーを覚えた。

 思えば、妹のそういう「ちょっとしたセンス」は、むかしから兄姉に抜きんでていた。とくにパソコンを使うようになってからは、そんな一面をよく目にするようになった。子どもの頃に絵を習ったり、大学でビジュアルメディアを専攻したりして、デザイン系やアート系に精通していそうなのはむしろ私のほうなのに、これが持って生まれたセンスというやつなんでしょうか、フォトショップもイラストレーターも、今じゃ使い方を教えた私よりはるかに上手に使いこなしている。

 それはさておき、違いを実感して感心したのは「そこ」じゃないんです。

 実は妹も、今自分が使っている読書目録に行き詰まりを感じていたようで(いえ、たかが読書目録ですが・笑)、こともあろうにこの私に、「作りなおすなら私にもひな形ちょうだいよ」と言ってきた。えーあなたが作ったほうがよいのでは? と思ったけれど、今は妹のほうが仕事と母と兄と私の世話(笑)で忙しいので、じゃあ、やってみますか、とまずは軽く打ち合わせ。

 項目を決めるため、タイトル、原題、著者名、訳者名……と順に挙げていくと、妹が「ああ、翻訳者名ね。あってもいいかも」と言いだす。って、海外小説ばかり読んでいるくせに、今まで入れてなかったんですか。それもすごいな。しかし、なんとなく納得。私はよく、誰それの訳がどうこうという話をするのだけれど、妹は訳や訳者に関してはわりと無関心。それが普通なのかな。私があまりしつこく言うからか、最近少し意識するようになってきたみたい。

 学習目的ではあるけれど、文芸小説の翻訳は私もやったことがあるので、つい力説。長編小説を一本訳すって大変な作業よ。それこそ何か月もそれにかかりきりになっちゃうし、原文の一語一句を暗記してしまうほどどっぷり浸るし、自分で小説を書くのと同じ、とまではいわなくとも、それに近い労力と、明らかにそれ以上の注意力が要求される。訳の良し悪しは作品の評価にも少なからず影響を与えるし、これって重要な要素じゃない? というわけで、訳者名は入れることになった。

 続いて出版社、発行年……。私はこれまで、初版が出た年を記録していたのだけれど、たいてい文庫本で読むので、単行本が出た年との時差が気になっていた。妹はコピーライトの年も記録しているとのことで、それはナイスアイディアだなと。とくに海外ものは、本国で発表された年と日本で翻訳刊行された年にかなりのギャップが生じるので、両方を記録するのは理に適っているよね。

 しかし、ここでいきなり、予期していなかった意見の相違が。初版刊行年を記録するのはナンセンスだと妹が言う。そういう彼女は、発表年を記録していたせいもあるだろうけど、初版年度はどうでもよくて、自分が読んだ版の発行年を記録していた。言わんとすることはわかる。が、私は作品そのものの存在を重視するほうなので、その後、作品に修正が加えられていようが、自分が読んだのが何版であろうが、あまり気にしない。

 この点は平行線だった。じゃあ、そこはカスタマイズで、とお互い譲らず。この時点でかすかな違和感があるにはあったが、とりあえず先に進む。

 あらすじについて。これね、項目は作ってあったのだけれど、ほとんど入力した試しがなかった。時間がなくて。それは妹も同じで、すごい暇なときに文庫本の後ろに記載されているあらすじを(記憶が新しければ、多少デフォルメしつつ)べた打ちしていたという。まずそこにびっくりした。

 文庫本の後ろのあらすじって、あれ、全然正確じゃないよね? 買うときには多少参考にするものの、実のところ、まったくアテにならないし、読みおわったあとに改めて見ると、よく主旨がズレてるし、どんな話か忘れちゃったときに見ても、まるで内容思いだせないし。だから私は、あらすじを書くなら自分の言葉でまとめる派。が、そうすると時間がかかるので、そのうち面倒臭くなっちゃう。時間がたてばたつほど忘れちゃうし。

 という話をしたら、妹に「ばかじゃない? 自分でなんて書かないよ、暇人じゃあるまいし」と言われた(苦笑)。ごもっとも。世の中にはすらすらーと素早く上手にまとめられる人もいるのでしょうが、私には向いてないようです。でも、「○○シリーズの第○作」くらいのことは書くスペースが欲しいよねと、けっきょくあらすじという形ではなく、自由記載の備考欄を設けることにした。

 次にジャンル。私はいらないかなと思った。妹はリーガルものが好きで、明らかにそういう系統が多く、これは「ミステリ」、これは「サスペンス」、これは「推理小説」と、わりとシンプルに分類できるだろうし、そうしたい気持ちもわかるのだけれど、私はけっこうグレーゾーンな小説も読むので、いちいちジャンルを当てはめなければならないのは却って面倒。じゃあ、そこもカスタマイズで。

 最後に感想。これもね、項目は作ってあったのだけれど、ほとんど入力していなかった。時間がなくて。またしても妹に、「ばかじゃない? 感想なんて書かないよ、暇人じゃあるまいし」……以下同文(苦笑)。

 妹はA~Eの評価形式にしているとのこと。Aが「とてもおもしろかった」で、Cが「普通」で、Eが「つまらなかった」。ああ、なるほどね。簡単でいいかも。でも、何かどうおもしろかったのか、あるいは何がどうつまらなかったのか、書きたい気がしちゃうんだよね、性分で。まあ、けっきょく時間がなくて、これまでだって全然書けていなかったわけだけれど。で、けっきょく評価形式を採用することにした。

 ところが、違いを実感して感心したのは「そこ」でもないんです。

 妹はAのセルに来るのは著者名だと言い張り、著者名を最優先にしてあいうえお順、もしくはアルファベット順にすべきだという。私は絶対タイトルが先だろうと思うし、読んだ順に並べたい派だ。これまでは年ごとに別シートにしていたくらいで(しかし、それだと著者名や訳者名でフィルターをかけられないので、その点も今回改良したい)、どの時期に何を読んだかが重要と考える。

 完読年月日を項目に含め、ソート対象にするという手もあるけれど、なんか違うんだよなー。データベースを作りたいわけじゃなくて、あくまで記録なので、時系列にして、一目でそれとわかるのが理想的な気がする。読書目録って要は自分歴でしょ。感想を記して公開するわけでもなし、究極の自己満足じゃない。

 それそれ。違いは「そこ」だったんですよ。

 妹いわく、「licoは(うちは兄妹みんな、お互い呼び捨てです)自分が読んだものを覚えておくために記録するんだろうけど、私は自分が持っている本の記録を作っているんだよ」だそうな。ここでびっくりしたのは「持っている本」という言葉。え、じゃあ、例えば人から借りて読んだ本は、目録の中に入らないの? 入らないんだそうです(驚)。え、じゃあ、この間私が貸したバリー・アイスラーは? 手帳に書いてある、だそうです(愕)。て、手帳って! いつの時代の人ですか!(爆)

 そう、妹が作っていたのはまさにデータベースで、正確には読書目録ではなかったんですね。蔵書リスト、とでもいうのか、データマニアであるうえに実はコレクターでした。わが妹ながら、得体の知れない人です。性格かな。

 読書目録のひな形の話は、用途が違うんだもの、共用しようがないということで合意に至らず、けっきょくご破算になった。この打ち合わせ時間は一体なんだったんだろう……。

 
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