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なんとなくな日常と気のむくままの創作雑記

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up to you

「朝ごはん食べたの?」と訊ねたら、「みかん」という答えが返ってきてイラッとした。苛立ちが顔に出たのか、今度は「りんご?」と訊きかえされ、続いて「イチゴ」と言われた。もちろん、果物の話なんて、これっぽっちもしていない。朝食にフルーツを食べた、という話でもない。朝から面倒くせえな、と思って会話をやめた。

 またあるときは、パジャマ姿でソファーに座り、「寒い」と言いだした。「上に何か着たら?」と提案しても動こうとはせず、また「寒い」と繰りかえす。そのうちに、「寒い。寒い。寒い。寒い」と同じ言葉の反復がはじまる。殺したくなる。しまいには母に向かって、「お母さん、寒い」と幼児のように呼びかける。そのマザコンチックな言動が気持ち悪くて、不快感はピークに達する。

 失語症で記憶障害の兄は、相変わらず意味不明なことを言っては私を苛立たせる。「シェイクスピアの翻訳者たちの掲示板」はパソコンメールのことだったし、「瓶をやっつける人」は包丁研ぎ師のことだった。「外人を始末するポイント」なんて言いだすから、「そんなこと言ってると、レイシストと勘違いされて射殺されるぜ」と言ってやった。兄は笑っていたけれど、全然笑いごとじゃないから。っていうか、その前に私が射殺しそうだ。

 すり減っていくんだわ、こめかみのあたりとか、眉間のあたりとか、この胸の真ん中あたりから、何かが。苛々してもはじまらないし、すべきじゃないとも思うけれど、そもそも言葉の通じない頭の弱いやつは嫌いなんだ、辟易する気持ちを自分ではどうにもできない。それが障害のせいであろうがなかろうが、けっきょくは同じことじゃないか。通じないんだから。

 先日、階下の居間に降りていったら、見知らぬ男性が家にあがりこんでいて兄と話していた。母は留守で、一階には兄しかおらず、私はといえば、何がなんだかわからず、びっくりを通りこして恐ろしかった。男性はケーブルテレビ会社の人で、ようするにセールスだった。兄は突然訪ねてきたその男性に、電話やらテレビやらインターネットやらの話をされ、実はよくわかっていなかったのだけれど、はいはいと頷いているうちに乗り気だと勘違いされたらしい。私が降りていったときには、今にも契約を結びそうな勢いで、追い返すのが大変だった。

 くそッ、ボケ老人かよ! という怒りを呑みこむのに一日かかった。友人に愚痴ったら、「そこまで回復したんだから、そうカリカリしないで」となだめられた。わかっている。寝たきりになる可能性だってあったのだから、それに比べればずいぶんマシなほうだ。でも、だからラッキーとはとても思えない。フィジカル的にどれほど回復しても、頭と心の問題は残る。こちらは回復せず、ずっと。

 兄が一命をとりとめたときから、母はよく言った。「本当に治るのかしら」って。いまだに言う。それを聞くたび、また私はイラッとする。治らないってば。なぜ彼女にはそれがわからないのだろう。兄の脳機能障害は不可逆性だ。そんなの見りゃわかるだろうに。だけど、母は認めたがらない。息子の頭のネジが外れちゃったこと、もう二度と元通りにはならないこと。そりゃそうだ。大学まで行かせて、ライターで食っていけるようになるまでサポートして、最終形態がコレじゃやりきれない。

 問題は、障害そのものより、本人に自覚がないことかも知れない。大きな病気をしたという自覚、障害があるという自覚、元の生活には戻れないという自覚、そして、今より少しでもマシになるために、人一倍努力しなければならないという自覚。加えて、きっと兄はもともと根性なしか怠惰だったのだろう。自宅での自主的なリハビリは早々に放り投げ、毎日ごろごろ、寝てばかりいる。むかつくんだ、これが。

 近ごろは知能低下の傾向も見られ、得意だったはずの漢字も、徐々にわからなくなっているようだ。今日は関東地方の1都6県も言えず、「消防士のドラマを見た」という短い文すら書けなかった。使わないとホントに腐るんだね、脳みそは。そうやって彼は、自分の脳みそが腐ってゆくのを、ただ黙って受け入れるつもりなのだろうか。

 好きにすればいい。自分の人生なんだから。そう吐き捨てて、全部おりられたら楽なのに。

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