licoのわらえば

なんとなくな日常と気のむくままの創作雑記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 スポンサー広告

生きてます

 体調不良の話をしたあとに更新が止まったら、死んじゃったかと思われちゃうじゃんね(苦笑)。とりあえず生きてます。が、相変わらず絶不調です。

 ここ数週間は、アシドーシスのせいか、吐き気や倦怠感がひどく、数時間と起きていられないのに具合が悪すぎて眠ることもできず。免疫低下に伴いアレルギーらしき症状も出てきて、鼻水は止まらないし目は痒いし息はできないしで、もう何と闘ってるんだかわからなくなってきた(苦笑)。病院に行きなさい、と母は言う。いい加減に覚悟を決めて、今すぐ透析をはじめなさいと。

 透析導入時は一週間ほど入院することになっている。しかし、そのたかだか一週間が、なかなかスケジュールに組みこめないのよね。外せない、あるいは外したくない予定が飛び飛びに入っているから、これが終わってから、あれが終わってから、と延ばしているうちに数か月たっている、みたいな。さすがに次の定期受診時までには決断するつもりでいるけれど、本当はちょっとヤケになっているような気もするし、意地を張っているだけのような気もする。あるいは、単にカッコつけているのかも。

 先日、腎不全・透析コミュニティの掲示板をROMっていたら、大事な祭りがあるからと、同じように透析導入を先延ばしにしている人を見かけた。あ、みんな同じなんだなーとほっとしたのも束の間、「透析を甘く見ていませんか」というレスにどきっとさせられた。

 曰く、透析は治療ではなく、延命処置である。その方は、命と祭りとどちらが大事なんですかと問いかけ、医師は患者の状態を考慮し、最適なタイミングで透析をはじめようとするもの、その矢先に「祭りが……」なんて言われたら、「勝手にしろ!」と匙を投げられても仕方がないとコメントしている。

 キツいな。というか、強いですね。もう何年も透析を受けてきた方は、そういうご意見になるんですね。別にこの方に限ったことではなく、ほかの方々も、言い方は違えど、だいたい同じような考えを持っているようだった。「自分の体でしょう」とか、「ツラいのは自分です」とか、「取り返しのつかないことになったらどうするんですか」とか。うちの母も、間違いなくそのひとりだ。

 もちろん、言っていることはわかる。そのとおりだとも思うし、まさしく正論でしょうね。ただ、透析がすでに生活の一部になっている人と、今まさに自分の生活がガラリと変わろうとしていて、これからそれに対峙して、受け入れて、慣れていかなきゃならない人の立場の違い、感じ方の違いでしょうから、これはもうどうしようもない。

 私がしてきた言い訳といえば、友だちとの約束が、同窓会が、車の修理が、ラルクの映画が、テレビ番組が、と実にくだらない。でも、例えばそのすべてを諦めなければならない人生なら、やっぱりいらないかなーと思わなくもなく。まあ、どこまで本気で言っているかは、ご想像にお任せしますが。

 いずれにせよ、あたふたするのはカッコ悪いので、命とラルクどっちが大事なの? と訊かれたら、涼しい顔して「もちろんラルク」とか答えてみたいかな(笑)。

関連記事
スポンサーサイト

 雑記

- 0 Comments

Leave a comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。